今日の体重は 75.3kg 体脂肪率は 25.0% でした。
昨日は勉強会に行ってきました。
その内容は「日本版DBS」です。
子供に指導する大人が性犯罪の前科がないか、国が調べて事業者に教えてくれる仕組みだそうです。
その内容が大変複雑で面倒でした。
講習も2時間30分と長丁場。
それでも講師の方からすると時間が足らない様子・・・その位の内容です。
確かに取り組みは良いのですが、私達個人塾で対応できる範囲内でお願いしたいです。
日頃からお話し好きの講師たちが2時間30分も黙って聞いていたので
その後の懇親会は堰を切ったようにお話しておりました。
もちろんその先頭は私でした(笑)
今日教えてもらった良いお話は
《楽なのに、なぜ満たされないのか》
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何の問題もない。
生活にも困っていない。
仕事もそれなりにうまくいっている。
人間関係にも大きな問題はない。
それなのに、心のどこかから声が聞こえてくる。
「このままでいいのか」
人間とは不思議な生き物だ。
苦しい時には楽になりたいと願う。
ところが、楽な状態が続くと、今度は何かに挑戦したくなる。
もっと成長したい。
もっと自分を試したい。
まだ何かできるのではないか。
なぜだろう。
登山家ジョージ・マロリーは、なぜエベレストに登るのかと問われ、
「そこにあるから」
と答えた。
当時、誰も登頂していない世界最高峰。
寒い。
苦しい。
危険である。
登らなくても何も困らない。
それでも登りたい。
この感覚の中に、人間という存在を理解する大きなヒントがあるように思う。
人間は、快適さだけでは満たされないのではないか。
自分の中にある可能性を使いたい。
昨日できなかったことを、できるようになりたい。
知らなかった世界を見てみたい。
それは誰かに教えられたからではなく、人間の中にもともと存在する欲求なのかもしれない。
ある本では、人間には無限の可能性があると教えている。
しかし、可能性があることと、可能性を使うことはまったく違う。
どれほど素晴らしい能力が眠っていても、使わなければ眠ったままだ。
だから時々、心の奥から「このままでいいのか」という声が聞こえてくるのではないだろうか。
私は、その声を不満だとは思わない。
魂からのノックなのかもしれない。
「まだ終わっていないぞ」
「まだできることがあるぞ」
「もっと自分を使ってみろ」
そう、自分の中に眠っている可能性が、自分自身を呼んでいる。
自己覚醒とは、突然特別な人間になることではない。
自分の中にすでにあるものに気づくことだ。
そして、それを使い始めることだ。
人生には時々、「なぜこんなことをしたいのだろう」と自分でも説明できない衝動が生まれる。
新しいことを始めたい。
もう一度挑戦したい。
もっと高いところを目指したい。
そんな時、損得だけでその声を消さない方がいい。
そこには、まだ知らない自分からの呼びかけが隠れているかもしれない。
楽なのに満たされない。
それは、人生に何かが足りないからではない。
まだ使っていない自分が残っているからなのかもしれない。
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ワンフレーズ
「このままでいいのか。その声は、まだ眠っている自分からの呼びかけかもしれない。」
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