今日の体重は 75.2kg 体脂肪率は 25.3% でした。
今日は創志学園の学校説明会に行ってきました。
相変わらず完璧な説明会でした。
無駄の無いスマートな気持ち良い説明会でした。
その後、息子の通っている倉敷高校の学園祭に行ってきました。
なんと!!PTAに参加しているので微力ながらお手伝いしてきました。
高校のPTAは小学校とは違い私以外は全て女性でした。
完全なアウェイ・・・皆さんから「この人誰?」って感じで見られていました(笑)
高校のPTAで生き延びていく自信がなくなりました。
今日教えてもらった良いお話は
《限界は、越えるために現れる》
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人は、自分の限界をどこで知るのだろう。
もう無理だ。
これ以上できない。
自分にはここまでだ。
そう感じた場所が限界なのだろうか。
しかし考えてみると、限界とは不思議なものだ。
昨日までできなかったことが、練習を続けるとできるようになる。
最初は怖かったことが、何度も経験すると平気になる。
とても乗り越えられないと思った出来事も、振り返れば「あれがあったから今の自分がある」と思えることがある。
つまり、限界だと思っていた場所は、本当の限界ではなかったことになる。
登山家ジョージ・マロリーは、当時まだ誰も登頂していなかったエベレストに挑んだ。
なぜ登るのか。
「そこにあるから」
この言葉が100年以上たった今でも人の心を動かすのは、単なる登山の話ではないからだと思う。
私たちの人生にも、何度もエベレストが現れる。
絶対に無理だと思う仕事。
乗り越えられそうにない逆境。
自信を失うような失敗。
逃げ出したくなるような出来事。
その時、心の中から声が聞こえてくる。
「もうここまででいいじゃないか」
しかし、もう一つの声もある。
「まだ何かできるのではないか」
私は、この二つ目の声こそ大切にしたい。
ある本では、人間の潜在能力には大きな可能性があると教えている。
ならば、限界にぶつかった時こそ、その可能性が試される時なのかもしれない。
できることだけを続けていても、自分の可能性には気づけない。
できないことに出会う。
考える。
学ぶ。
人に聞く。
方法を変える。
もう一度やってみる。
その過程で、それまで眠っていた能力が少しずつ目を覚ます。
だから限界とは、終点ではない。
「ここから先には、今までの自分では行けない」という境界線なのだ。
越えるためには、何かを変えなければならない。
考え方を変える。
習慣を変える。
行動を変える。
時には、人に助けを求める。
そして一歩越えた瞬間、昨日までの限界が今日の普通になる。
これが成長なのだと思う。
人生で壁にぶつかった時、「なぜこんな壁があるんだ」と嘆くこともできる。
しかし、別の見方もできる。
「この壁の向こうに、まだ知らない自分がいる」
そう思えば、壁の意味が変わる。
限界に出会ったということは、自分の可能性の端まで歩いてきたということでもある。
ならば、あと一歩。
その一歩の先に、まだ目覚めていない自分が待っている。
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ワンフレーズ
「限界とは終わりではない。まだ知らない自分への入口である。」
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