今日の体重は 73.8kg 体脂肪率は 24.5% でした。
今日は中学3年生の授業でした。
6名のクラスで
1名お休み連絡あり(理由不明)
1名お休み連絡あり(お祭りに行くらしい)
2名無断欠席
ということで2名しか来ていない・・・寂しい・・・
さらにその一人は期末テストで中学時代で最悪の点数を取って来ていた!!
一学期の始まりの時に「3年からは心入れ替える」って言っていたのに・・・
そこを責めると彼は「小学校、中学校は良いんよ!!義務教育だから上の学年にいけるから!!」
って言うので、私が「んっ??だったらこの一学期頑張らなかったのヤバくない??義務教育終わって高校入試あるよ!!」
とお話すると、彼は「えっ、あっ、うん。それはね、先生が悪いんよ!!」
との答えが飛んできて、私は驚き「その先生って・・・俺?」
と聞くと、彼は「えっ、違うよ。学校の先生!!小学時代は良かったが、中学の先生は最悪・・・そのせいだね。」
ってお答えでした。
彼に世の中に順応することも教えてあげようと思います(笑)
今日教えてもらった良いお話は
《人生が自分に期待していること》
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「夜と霧」は
第二次世界大戦中にナチスの強制収容所に収監された経験をもとに
人生の目的を明確にし、その実現に向けて没頭する心理療法を紹介している。
著者ヴィクトール・フランクルは
想像を絶する極限状態を生き抜いた。
強制収容所。
自由はない。
食べ物もない。
家族とも引き離される。
明日、生きている保証すらない。
人間としての尊厳まで奪われる世界。
普通なら、
絶望してもおかしくない。
いや、絶望するのが自然だ。
実際、多くの人が希望を失い、
生きる力を失っていったという。
そんな極限状態の中で、
フランクルは一つのことに気づく。
それは、
人間は環境だけで生きるのではないということだった。
同じ地獄の中でも、
生きる意味を失った人から崩れていく。
逆に、
「まだ自分には果たすべきものがある」
そう思えた人間は、
過酷な状況の中でも生き延びる力を持っていた。
ここでフランクルは、
人生の見方を根本から変える。
普通、人はこう考える。
人生から何を得られるか。
人生は自分に何を与えてくれるのか。
なぜ自分がこんな目に遭うのか。
しかしフランクルは逆を見た。
人生が自分に何を期待しているのか。
この苦しみの中で、
自分はどう生きることを求められているのか。
そこへ視座を転換した。
これが大きかった。
環境は変わらない。
苦しみも消えない。
しかし、
意味づけが変わった瞬間、
絶望が使命へ変わり始める。
自分は被害者ではない。
この状況の中でも、
人生から問いを与えられている存在なのだと。
私はこの考え方に深く心を打たれる。
病気になってから、
私も何度も、
なぜ自分が。
と思った。
以前のように動けない。
将来への不安もある。
失ったものに目が向く。
しかし、
このフランクルの言葉を思う。
人生は今、
自分に何を期待しているのか。
苦しい時にどう生きるか。
不安の中で何を語るか。
人にどんな希望を渡すか。
そこを問われているのではないか。
すると、
現実は同じでも見え方が変わる。
病気は敵だけではなくなる。
苦しみも、
魂を磨く問いに変わる。
厳しいことを言う。
人は環境だけを見ている時、
簡単に絶望する。
しかし、
意味を見ることができた時、
人間は驚くほど強くなる。
フランクルは、
極限状態の中でそれを証明した。
希望とは、
環境の良さではない。
意味を見出す力なのだ。
だから今、
どんな状況にいる人も、
人生に問いかけてみてほしい。
なぜこんなことが起きたのか。
ではなく、
この状況の中で、
人生は自分に何を期待しているのか。
その問いの中に、
生きる力が眠っている。
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ワンフレーズ
「人生の意味を見つけた人間は、絶望の中でも生き抜く力を持つ。」
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