今日の体重は 75.1kg 体脂肪率は 25.4% でした。
今日は日曜日の中学3年生県立入試予想問題テストの問題を解いていました。
日曜日に入試当日を同じ時間帯で予想問題の模試をします。
そして当日のうちに採点して返却するのですが、その採点をするために問題を解きます。
で、その採点基準が難しい!!
キーワードが入っていないといけないのはもちろんですが、日本語的に言い回しがおかしい場合など
どのあたりまで許容するか?が難しい。
伝えたいことはわかる、もしくは内容を理解していることはわかる
のですが・・・この表現では・・・という解答が多い。
それをどこまで〇にするか??
難しいところです。
今日教えてもらった良いお話は
《片づけられないのは、性格ではない》
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「私は片づけが苦手だから」
「性格的に向いていない」
そう言って、あきらめていないだろうか。
だが、はっきり言う。
片づけられないのは、性格ではない。
もっと言えば、
だらしなさの問題でもない。
原因は、
「決めることを後回しにする癖」だ。
片づけとは、
掃除でも整理整頓でもない。
実体は、
決断の連続だ。
これは要るか。
今使うか。
いつ使うか。
もう終わらせるか。
この問いに、
一つひとつ答える作業。
だから疲れる。
片づけられない人ほど、
真面目で優しい。
「もったいない」
「誰かにあげられるかも」
「いつか使うかもしれない」
どれも立派だ。
だが、その優しさが
自分の時間と集中力を削っている。
ここで、少しクスッとする話を一つ。
片づけが苦手な人ほど、
「時間ができたら片づけよう」と言う。
だが、
片づけない限り、
時間はできない。
なぜなら、
散らかった空間は
常に頭の中に
未処理案件をばらまいているからだ。
だから、
疲れやすい。
集中が続かない。
決断が遅くなる。
逆に、
片づけられる人は
特別な能力を持っているわけではない。
ただ一つ、
基準を決めている。
「今使っているか」
「今の自分に必要か」
それ以外は、
いったん終わらせる。
終わらせることは、
冷たさではない。
前に進むための、
大人の優しさだ。
そして片づけが進むと、
不思議な変化が起きる。
自分を責めなくなる。
「できない自分」という
レッテルが外れる。
小さな決断が積み重なり、
自分への信頼が戻ってくる。
片づけられるようになったのではない。
「決められる自分」に
戻っただけだ。
もし今、
部屋を見るたびに
ため息が出るなら、
それは性格の問題ではない。
人生のどこかで、
決めることを先送りしてきただけだ。
今日、
一つでいい。
迷っている物を、
終わらせてみよう。
それは同時に、
あなたの中の
先延ばしを一つ終わらせることになる。
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ワンフレーズ
「片づけられないのは性格ではない。決める力を休ませていただけだ。」
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