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時代を感じます

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今日の体重は 75.8kg  体脂肪率は 25.5%  でした。

 

今日は中学2年生と国語の勉強しました。

問題を回答して個別に指導しておりました。

今日は中学1年生の冬期講習も問題を解いてもらっておりました・・・が・・・なかなか進みません。

そこで「おいっ、もっとスピードアップして解いて!!終わらないよ!!これは1年生の問題だぞ!!」と言うと

その生徒は「えっ?小学1年?中学1年?」って返してくる(笑)

問題を見て小学1年生の問題と中学1年生の問題の区別がつかない・・・そりゃ~国語の問題解けんわな(笑)

そしてその後は数学をしました。

今日から確率の単元に突入です!!

するとトランプの問題がありました。

これは近年の鬼門なんです。

まず、トランプをしたことがない!!という生徒がある一定数います。

さらにマークの種類が何種類あるか?知らない。

数字もいくつあるか?

確率なので約分するのに13/52は彼らには出来ない・・・

最難関は絵札が何枚あるか?ですね。

トランプ問題をすると時代を感じます・・・

そういえば最近の小学生で「おつり」を知らない生徒がいるらしい・・・

支払に現金使わないので生活の中に「おつり」がないらしい・・・

時代ですね・・・

 

 

 

今日教えてもらった良いお話は

 

《誰も見ていない場所で、やめるか続けるか》
—
人は、見られているうちは頑張れる。
評価がある。
期待がある。
応援がある。
だが、問題はその先だ。
誰も見ていない時間。
誰も気にしていない努力。
成果が表に出ない日々。
そこで、多くの人は静かにやめていく。
ある地方のマラソン大会の話がある。
参加者は数百人。
上位争いは華やかで、沿道も賑やかだ。
だが、後半になると様子が変わる。
応援は減り、観客も帰り始める。
最後の数人には、声援すらほとんどない。
その中に、毎年必ず完走する中年の男性がいた。
順位はいつも最下位付近。
表彰もない。
誰も名前を知らない。
なぜ走るのかと聞かれ、彼はこう答えた。
「自分が、自分を見ているからです」
彼は記録のためでも、評価のためでもなく、
「途中でやめなかった自分」でいるために走っていた。
人生も同じだ。
誰も見ていない場所での選択が、
あとからその人の背骨になる。
誰も気づかなくてもいい。
誰にも褒められなくてもいい。
自分だけは、知っている。
今日、自分に問いかけてみてほしい。
「誰も見ていない今、私は何を選ぶか」
やめるのは簡単だ。
だが、続けた事実は一生消えない。
最後まで残るのは、
他人の評価ではなく、
「やめなかった自分」という記憶だ。
———-
ワンフレーズ
「誰も見ていない場所で続けた人が、最後に立っている。」
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